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大谷翔平投手、日本ハム入団

花巻東高校の大谷翔平投手が日本ハムに入団することになったそうである。
個人的にはちょっと残念に思う。
前にも書いたが一高校生が展開した過去にない発想はもっと尊重されるべきだったと思う。
報道によるとご両親は渡米に前向きではなかったようで(親の感情としては当然であるが)、
そこへプロ集団の「大人の説得」が加われば、おのずと結論は見えてしまう。
逆説的な言い方あるが、
両親の反対を押し切り「大人の説得」も振り切ってでも自分の主張を貫くぐらいの「天の邪鬼的強引さ」がなければ、おそらくメジャーで生きていけなかったかもしれない。
したがって、日ハムに入団する選択は本人にとって正解だったと思う。
今後の活躍を見守りたい。


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魁皇の思い出

魁皇と言えば思い出すのが、アームレスリングである。
15年ほど前にテレビのバラエティ番組で放映されていた。
各種スポーツ界から腕自慢がアームレスリングのトーナメントを行うという
企画の番組で、大相撲から魁皇関が出てきた。

あっけなく(ほんとにあっけなく)勝ち進み
決勝戦でも対戦相手となったチャック・ウィルソンを
「赤子の手をひねる」かのように負かしてしまったのが
記憶に残る。

You tubeで「魁皇 腕相撲」と検索したら、何とその番組の映像が出てきた。
恐れ入りました、You tube......




映像で正確な情報がわかった。
当時の魁皇は23歳、関脇。
対するチャック・ウィルソンは、70年代にベンチプレス200kgの記録を保持した強者とはいえ
48歳。。。今見ると、ちょっとかわいそう。
準決勝で、筋骨隆々の現役プロレスラーをテクニックで敗ったという勢いで決勝進出してきた。

魁皇は終始ハニカミながら、(おそらくカメラを意識しながら)
圧勝する。

その「初々しい怪力」に魅了されたのが記憶に残った理由だと思う。

当時は貴乃花というスター力士がいたために、派手なスポットライトはこのような
バラエティ番組でしか当てられなかったのかもしれない。

光陰矢の如し。 

初々しかった怪力男は15年後、満身創痍で角界の記録を塗り替え

そして引退していく。。。。

まさに「継続の美学」がそこにあると思う。




ホントに「何か持ってる」人。斉藤佑樹投手

今日、東京六大学野球で慶応戦を制し、早稲田が優勝を決めた。

先発して7回までノーヒットに押さえた斉藤の完璧なピッチング。
しかも自らバッティングで追加点を取るヒーローぶり。

8回を迎え「もしかしたらノーヒット、ノーラン…?」と、うっすら期待し始めたその途端、

ボコボコに打たれる。

最後は慶応の4番バッターに3塁打を浴び、結局一挙に5点を失い2点差となってしまう。

この時点で(2outだったが)やはり交替。

登場したのは、先のドラフトで6球団から1位指名を受けた大石。

この時、解説者の早大OBが「大石ちょっと不調だからね」などと不安になることを言ったりする。

しかしそんな不安も吹き飛ばすようにあっという間に三振。

最後の回もあっという間に打ち取り優勝。

まあ、ドラフト6球団1位指名の投手がここで押さえなければ、逆に慶応に失礼であるが。


圧巻は斉藤佑樹キャプテンの勝利インタビュー。

ひととおり試合を振り返ったあと、「最後にひとつだけ言わせて下さい」と。

「僕はよく『斉藤は何か持っている』と言われてきました。

今日、何を持っているのか確信しました。

それは『仲間』です。

こうやって応援してくれる仲間がいて、すばらしいライバルもいて、

ここまで成長できたと思っています」


場内どよめき。

テレビの生中継を見ていた自分も、唸ってしまった。



この青年、ホントに「何か持っている」。。。

沖縄に優勝旗が

kounan.jpg


私は沖縄在住であるが、

今日(もう昨日)の沖縄は大変熱い。熱すぎる。

当然である。

沖縄興南高校が、沖縄県勢初の夏の甲子園優勝となった。

優勝旗が始めて海を渡って沖縄にやってくる!


もともと沖縄の野球は強かった。

自分の記憶では沖縄水産が1990年、1991年と2年連続準優勝している。

この時の監督は、栽弘義(さい・ひろよし)という伝説の人である。

残念ながら2007年に逝去され、今回の優勝を目にする事は出来なかった。

その後も春の選抜では今年の興南を含め、3回優勝している。

正確に調べてないが、県の人口比からすると相当強い。

しかも他の県の強豪は全国から選手を集めているが、

沖縄はほぼ100%県内出身者で構成されている。

現に東海大相模に沖縄出身の兄弟がいたように、沖縄からも

引っ張られている状況であるにもかかわらずである。


さて、「トリビア」であるが

1990年に沖縄水産が準優勝した大会にはちょっとした伝説がある。

同じ大会に、大阪府立渋谷高校2年で中村紀洋が、

星稜高校1年で松井秀喜が、そして愛工大名電2年でイチローが、出場していたそうである。

いずれの3校とも初回戦で敗退している。

NHKアーカイブで彼らの姿を見てみたい。


余談であるが、島袋君がさわやかすぎて今後の進路が心配である。

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