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最近目にした驚くべき数字。その2

数字の話その2

これは以前から信じられなかった数字ですが、
日本の自殺者の数です。
年間約33000人。
平成15年が34000人でそれ以降多少減少してはいるものの、
ほぼ横ばいです。

1日約90人が全国で自殺しているという、単純計算になります。

この数字は自殺と断定されたケースのみで、変死者や失踪者を含めると
年間10万人近くなるという説もあります。
異常な数値だと思います。

自殺がうつ病と関連していて、うつ病患者が増えているといのはわかりますが、
一方でうつ病の治療薬はここ10年で進歩し、
また治療方法や治療従事者の数も増えています。
メディアはさかんに「うつ病」を特集し、本屋に行けば「うつ病本」だらけです。
それがかえって逆効果なのでしょうか?

最近は小学生の自殺とか衝撃視されていますが、それも例外的な出来事で、
圧倒的多数は50代の自殺です。
さらに意外(?)な数字は20代の自殺者より70代の自殺者が多いということです。
ちょっと前に、ネットで知り合った若者が複数で煉炭自殺することが話題になりましたが、
それは単に自殺方法が世相を反映して変化しただけの話なのです。

警察庁統計では「健康問題」が自殺の原因の半数近くを占めると言いますが、
他国に比して極めてアクセサビリティに優れ、
問題はあるものの皆保険制度が充実している
日本の高齢者医療に重大な欠陥があるとはちょっと考えにくいです。

では経済的問題、「不況」が原因でしょうか?
なんとなくわかりますが、警察庁統計では平成15年が自殺者最高値で、
リーマンショックの時期とはずれています。

では借金地獄、保険金目的の自殺が多いのでしょうか?
電車に乗れば「借金返済のご相談はこちらへ」という弁護士ポスターはいやでも目に入ります。
効果がないのでしょうか?
民主党のセーフティネット政策は焼け石に水だったのでしょうか?

一方でそのセーフティネットや生活保護制度を悪用した
「働かずして食ってやろう」というとんでもない輩も少なくありません。

まったく私にはこの現状が理解出来ないでいます。


さて、自分もそろそろ「自殺適齢期」に突入しますが、
正直「自殺」のことなど考えている暇もない日常です。

うつ病の方々はともかくとして、
自殺を考える人は「精神的に暇状態」なのでしょうか?

数字の話その2でした。


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NHKクローズアップ現代、ある少女の選択

延命

NHKクローズアップ現代(12/8)
「ある少女の選択~“延命”生と死のはざまで」

今回のクローズアップ現代は大変印象深く、心揺さぶられる内容であった。

田嶋華子さん(享年18)は、8歳で心臓移植。
さらに15歳で人工呼吸器を装着し、声も失った。
『これ以上の「延命治療」は受けたくない』と家族と葛藤を繰り返した華子さん。
自宅療養を選び、「人工透析」を拒否して、9月、肺炎をこじらせて亡くなった。
華子さんの闘病を1年にわたって記録。(NHKホームページより抜粋)

最初は、自分で管を使い痰を取り、人工呼吸器を取り付けている、
「比較的元気な」華子さんが登場する。
医療器具をコントロールし、ほぼ自立した日常生活を送っている。
何の病か不明だが、長く生きられない事はわかっているらしい。

その華子さんが腎臓が悪くなり「透析」が必要な状態となる。
おそらく病の性質から透析には延命効果があるものの、
本質的な治療にはならない状況であることが示唆される。
華子さんが「もうこれ以上の延命はいやだ」と透析治療を拒否する。

胸を打たれるのは、両親と本人、主治医も含めて話し合う場面である。
華子さんには強固な意志があり、
家族から引き離される「延命治療」は一切受けたくないと筆談で言う。
でも当然お父さんは、少しでも長く生きていて欲しいので説得する。
主治医は医師として治療継続の選択が本音だが、
自分の主観を決して押し付けずに本人に決定を委ねようと話し合いに立ち会う。
母親は泣きながらも、達観していて「本人の決めた事だから」と腹が据わっている。
さすが母親は強いと思う場面であった。
お父さんの苦渋の思いは、自分にひしひしと伝わってきた。

そして華子さんの揺るぎない選択からは、「自分の生」に対する「尊厳の念」を強く感じた。

やがて華子さんは亡くなってしまう。。。


「命が大切だ」と漠然と謳い上げることの「無責任さ」が改めて問われていると思った。

終戦記念日

war.jpg


改めて実感したのは、

終戦から自分が生まれるまでの年月の、

すでに3倍も生きてしまったという現実である。

サンフランシスコ講和条約から、たったの9年後に自分が生まれた、

という事実に驚いてしまった。

というか単に、自分が年を取っただけの話であるが…。


ところで自分が学生時代の頃はよく記憶にないが、

昔も今のような戦争の語られ方が行われていたのであろうか?

もちろんここでいう戦争とは、本日が終戦記念の「かの戦争」である。


歴史学者でも何でもない、戦後生まれのただの医者が

「かの戦争」を論ずる資格も術も持たないが、

最近、終戦記念日や原爆投下などの日に、メディアや一部の語り部たちが、

「人間の死」という切り口で、

「かの戦争」を「語っている」のを頻繁に見かける。

むろん「かの戦争」が、膨大な人の死を伴っていたのは事実である。

また、同時にそこには語り尽くせない歴史的背景があり、

それゆえ、無数の切り口があるのは否めない。


ただ私が少し警戒するのは、「人間の死」という切り口の語りが、

本来の意味であるところの、

「かの戦争をひもとく」という目的を逸脱し

単に「かの戦争」批判に「人間の死」が利用されている、

そんな傾向が見え隠れする点である。



「人間の死」に関しては、医者はある程度語る資格がある。

人は例外なく死ぬ。

唯一、「死」のみがすべての人に平等に与えられた運命である。


ちなみに医者は人の命を救おうとする仕事だが、

通常の医療行為の過程で人が死んだからといって医者を辞める人はいない。


「かの戦争」以前も、以降も、そして今現在も、

世界中で連綿となく人は死んでいる。

戦争以外にも理不尽な死は無数にある。

病気、事故、災害、犯罪…。自殺もある意味「理不尽な死」である。

親に見捨てられ、家族に忘れ去られて死んで行く子どもや老人がいる。



かといって今現在(日本で)戦争が生じているわけではなく、

誤解を恐れずに言えば日本はきわめて平和である。

つまり、戦争=死 ではないし、

「平和」と「死」は対極にあるものでは決してない。



年端の行かない子どもたちに、平和=「死のない世界」という

謝った認識を植え付けるような語りには違和感を覚える。

子どもたちに「かの戦争」を語るのは、社会の先生か、

知識を持った親が、きちんとした史実を踏まえて系統的にするべきである。


この話を始めたらきりがないので今回はここまでにします…

生意気だと思ったらゴメンナサイ^^;


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