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初期研修医たち

当院の初期研修医(医者になりたて1~2年目)はよく頑張っている。

頑張っているが、少々要領が悪い気がする。

といっても、変に要領よく振る舞うよりはむしろかわいい。

自分もそんなもんだったかもしれない。

ってはるか20年以上前の話。。。

あの頃自分は何を思って、何をやっていたのだろうか?

仕事はもちろんハードだったが、アフターもハードだったような気がする。

東京だったし…。

ひとつ言えるのは、あまり先の事を憂えていなかったことである。

その時その時に精一杯だった気がする。

今思えば、もっと先を見据えた戦略をしておけば、今頃…… などとほんの少し思ったりもするが

結果論であり、大筋で後悔することはない。

さて、研修医にもその自分の経験を存分に伝授したいと思うが。。。

最近の研修医は先輩医師の昔の話を聞きたがらないという。

私と同年代のある医師は

「先生の武勇伝はもう聞き飽きました」

と言われたという。


武勇伝もおもしろいと思うけど。
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医師不足 その2

前回、日本の医師増員計画に否定的である旨を書いた。

個人的には医師の「不足感」はさまざまな「偏り」に起因すると思っている。

診療科選択の偏り、地域間格差、病院間格差。

しかし診療科(専門)を強制することは出来ないし、働く場所を強制することも難しい。

一部の人たちは、2004年から始まった新医師臨床研修制度が大学の医局から研修医を奪い、
したがって、それまで地域や僻地の病院に医師を派遣していた大学医局が人手不足に陥り、
それが地域医療の崩壊を招いた、と主張する。

一理あるが、かといって大学の医局制度の復活はことの本質を見誤っている気がする。

魅力ある診療科、魅力ある病院には自然と人が集まるのではないかと思うし、
そんな工夫やマーケティングを地方の病院や診療科は行うべきではないかと思う。

現に沖縄は田舎だが、研修医は集まって来る。別にリゾート気分で来ている訳ではない。
それなりに魅力ある病院が多いのだと思う。
私の科もいろいろと工夫をしている。>>ここ参考

とはいっても、産婦人科や小児科などを目指す医者が少ないことは深刻で、
いまのところ自分に妙案はない。
年収5000万もらっても、出来ないものは出来ないというからには
給料の問題でないことは確かなようである。>>こちら参考

医師不足について

今の日本は医師不足だという主張がある。

本田宏先生は、この医師不足という主張を主軸として医療崩壊についてさまざまなメディアで発言されている、
医療界の貴重なスポークスマンのひとりである。

ここなど参照)

医師不足の主な根拠は、欧米先進国の人口対医師数の統計である。
日本は先進国の中で医師数が少ないから、医学部の定員を増やせ、という理論である。
もちろん根拠はそれだけではなく多岐に及び、全体的には理解できる主張である。

しかし実際に私がこれまで24年あまり医師稼業をやってきた現場の経験では、
「医師の絶対数」が不足している、と感じたことはほとんどない。

痛感するのは、診療科による偏り、地域間の偏り、医療機関による偏りである。
この偏りが医師の「不足感」をもたらしていると私は考えるが、それは医師絶対数を増やすことで解決出来るとは考えにくい。
医学部の定員を大幅に増やせば当然平均として医師の学業レベルは低下することになる。
同時に個々の医師の存在価値が低下し、したがって医師の給与も減少するという悪循環に陥る事が予想される。
もちろん「大幅に」増やした場合の話であるが。。。
現に、司法の世界では弁護士、検事、判事を増やそうとして法科大学院を設置したが、
司法試験合格者は一旦は増えたものの質の低下を嫌って頭打ちにされ、浪人者が大量に出現している。


我々心臓血管外科業界に関して言えば、おそらく医師を増やす政策に否定的な意見が多いと思われる。
現に心臓血管外科専門医は質を向上させて減らそうという動きが学会にあり、自分も大筋ではその方向性に賛成である。
ただ、どこの大学も2004年に始まった新医師臨床研修制度のおかげで、入局者が激減し人手不足に悩んでいる。
しかしその「人手不足」は基本的には兵隊不足を意味しており、使い勝手の良い若い実動部隊が欲しいだけで、手術を行う専門医が不足しているとは誰も思っていない。

そもそも欧米に比し、日本には心臓血管外科の手術を行う医師が多すぎるのである。
ただしそれには理由がある。
日本には中小規模の入院施設を持つ病院が多いという構造的な理由である。
また、そういった病院が多いことには歴史的、社会的な根拠があり、
したがってそれを是正することは問題の解決にはならないし、逆に悪影響をもたらす。
何故ならそういった中小規模の病院が日本の地域医療支えてきたという事実があるからである。

さて、我々の業界のことばかり考えていたのでは「木を見て森を見ず」的な視点に陥るため、
医療全体としてはどうかと思いを巡らす必要がある。

以下続く

NHKクローズアップ現代、多剤耐性菌

10月20日、NHKクローズアップ現代で多剤耐性菌の話題が取り上げられた。

先の帝京大学での多剤耐性菌問題で病院が記者会見を開き「謝罪」を行ったこと、
および警察が業務上過失致死の疑いで動いたことに大いに疑問を感じている自分としては、

NHKがこの問題をどのように報道するのか注目した。

まず、がっかりしたのは、解説者に専門家ではない、科学文化部の記者が登場したことである。

普段この番組は、解説者としてその分野のオーソリティが登場するが、
今回は非専門家の単なる記者という信用し難い人選である。
専門家に出演を断られたのかも知れない。

さらに納得し難いのは、新薬の開発が遅々として進まない、などという報道である。
これは一般の視聴者に誤解を招く表現である。

何故なら、ある種の多剤耐性菌に有効な抗生物質は世の中に存在し、現実的に海外で使用されているからである。
それが日本で使用出来ないのは、厚労省が認可しないためであるという事実に関して、
なんら触れていなかったのには問題がある。

また、もう一つの焦点が「抗生物質(抗菌剤)の不適切な使用」ばかり強調していた点も納得し難い。

確かにそれが多剤耐性菌が出現した原因であるが、抗生物質をまったく使用しないという状況は医療機関にはあり得ず、
したがって、多剤耐性菌が存在しない病院というのもあり得ないという事実を正確に報道していない。

帝京大学が感染症対策に関して何らかの不備があったのは事実であろうが、
記者会見をして謝罪する内容なのか疑問であるし、また警察の介入というのは甚だお門違いというものである。

実際、現時点で逮捕も送検も起訴もされず経過しているが、マスコミの報道は一切途絶えている。
マスコミというのは全くもって無責任な機関であり、NHKもまた例外ではないということがわかった。

インパクトファクターとSEO対策について

インパクトファクターとSEO対策ってどこか似ている。

まず、インパクトファクターとは、

(ここからWikipediaより引用)
インパクトファクター (impact factor, IF) は、自然科学・社会科学分野の学術雑誌を対象として、その雑誌の影響度を測る指標である。
現在は毎年トムソン・ロイター(旧 ISI)の引用文献データベース Web of Science に収録されるデータを元に算出、
Web of Science に収録された特定のジャーナルの「平均的な論文」の被引用回数

A = 対象の雑誌が2002年に掲載した論文数
B = 対象の雑誌が2003年に掲載した論文数
C = 対象の雑誌が2002年・2003年に掲載した論文が、2004年に引用された延べ回数
C÷(A+B) = 2004年のインパクトファクター
(以上転載おわり)

つまりどれだけ多くその論文が他の論文に引用されたか、という値で、これがその学術雑誌の
「ランキング」になっている。

次に、SEO対策とは、

(ここからWikipedia引用)
検索エンジン最適化(英: Search Engine Optimization, SEO:サーチ・エンジン・オプティマイゼーション)
はある特定の検索エンジンを対象として検索結果でより上位に現れるようにウェブページを書き換えること。または、その技術のこと。
(以上転載おわり)

ここでいう特定の検索サイトとは日本の場合、「Google」と「Yahoo!」である。


さて、インパクトファクターについては上記の定義がそのすべてであるが、SEO対策は大変多岐にわたる要素がある。
ただ、その中で重要な要素のひとつに、そのサイト(ページ)がどれだけ他のサイト(ページ)からリンクされているかという観点がある。
したがって、ウェブ上の他の関係あるサイトに自分のコンテンツについて通知し、
リンクを求めたり、自己が運営する既存のサイトから適切なリンクをはったりすることが対策として行われる。
これを「被リンク対策」と呼ぶ。

どうだろうか?
ちょっと似ているような気がする。

学術雑誌のランクとサイトのランクがいずれも「被引用数」「被リンクの数」によって評価される、というところがである。

もちろんインパクトファクターはSEOと違って、ビジネス色はないため、意図的に引用を作成することはないが、
その論文の評価指標が、サイトの評価指標と似ている、という意味においてである。

この話に特別な落ちはないが、要は論文の評価において「インパクトファクター」に過大な信頼をおくのは
いかがなものか、という疑問が沸いた、というだけの話であるが…。

柳腰外交、中国のいやがらせ、他

前回からの続き

中国はいろんな外交的策略を巡らしている。

おそらくノーベル平和賞に対する一部の民主化活動家の言動が大衆に浸透しないように画策していると思われる。

今回も尖閣諸島騒動が一旦沈静化したこの時期に、唐突な反日デモが起きたりしている。

政府の陰謀だと思っていたら、今日の報道はやはり「官製」の疑いが強いことを示唆している。
香港時事

ほとんどやくざのいやがらせ的行動であるが、前回述べたように本当は中国は日本を怖れているのではないか?
と感ずる。

相手国によっては戦争に発展しかねないような挑発行為を日本に行っているのだが、

その日本はあっさりと船長を釈放したり、ふにゃふにゃした対応で、虐め甲斐がないのである。

そこが何とも不気味に映るのではないか?

「何を考えているのかよくわからない」不気味さ。

自国の国民すら政府の思考がわからないのだから尚更であろう。

その同じ国がつい70年ほど前に米国とガチの戦争をしているのである。

いつ何をしでかすかわからない怖さがあるのではないか?
(いや、別に何もしでかさないのだけれども…)

だから、弱くなりつつある時に徹底的に叩いておこうという考えではないだろうか。


もしかしたら、このふにゃふにゃした(仙谷氏いわくの柳腰)対応が実は的を射た外交かもしれない。

などと思ったりもする…。

<この項終わり>

※今回は全く医療に関係ない内容でした;

ノーベル平和賞

ノーベル賞はすごいことをやる。

平和賞に、投獄されている中国民主化活動家を選出した。

平和賞だけは、その賞の特性から選考基準に毎年少なからず批判が巻き起こるが、
今回は、選考基準がどうのこうのより、
中国といういわば「飛ぶ鳥を落とす勢い」の大国に挑戦するような決定であるところがすごい。

純粋に選出に関する是非はともかく、中国の圧力に屈しなかったノーベル財団を
日本は見習って欲しい。

もちろん、ノーベル賞がノルウェー国家とは独立した団体であることが前提だが、
まったく圧力を意に介さないという姿勢は立派だと思う。

それに引き換え、ちょっと輸入を制限されたぐらいで、
犯罪者を釈放してしまうような国家はいかがなものであろうか?

今の「レアアース」云々言っている政府を見ると、
船長釈放に関して財界からの圧力が相当あったであろうことがうかがえる。

まあ、財界も財界であるが…。

今日発見した記事がある。
:サーチナ総合研究所(上海サーチナ)のアンケートで、
2010年のノーベル化学賞を根岸英一氏、鈴木章氏の2邦人が獲得したように、
アジアの国では日本にノーベル賞受賞者が集中していることについて、
「侵略で得た財産を科学技術や経済発展に投資」と考える中国人が多いことが分かった。


…こういった記事をのせること自体に意味があるのか疑問であるが、
すべての日本国民はこういった記事から中国への反感を増す事になる。

おそらくほとんどの国民は中国に対して
「いやな奴ら」
「やっかいな隣人」
「面倒くさい国家」
「勝手し放題」
「出来れば関わりたくない」
などの印象を持っていると思う。

一方で中国の日本に対する感情はもっと激しい。
「打倒日本」
「侵略国家日本」
「過去に大罪を犯した日本」
などであろう。


ここでひとつ、思った事がある。
中国というのは、実は日本を本心から「怖れている」のではないだろうか?


この項続く

ノーベル化学賞

ノーベル化学賞に2人の日本人研究者が決定した。

日本人として大変喜ばしいことである。

すごい、としかいいようがない。

前回、医学生理学賞の選考に言及したが、
化学賞でも選考過程で社会への貢献という事柄を非常に重視しているのではないかと思われる。
彼らの元研究は70年代のものである。

根岸さんによると、8年ほど前から師匠である米国研究者に「ノーベル賞に押している」
と言われていたそうである。

専門ではないので詳しい事に言及出来ないが、
メディアの報道の範囲で推測すると、彼らの研究である「クロスカップリング」は
現在液晶画面や降圧剤の製造の基礎となっているという。

液晶画面は2000年以降に世界に発展した技術である。

降圧剤の方は、「ARB」という、これも2000年以降に製薬業界を席巻した、
今では高血圧の人は「誰でも内服している」薬である。

彼らより以前に「クロスカップリング」の発表をしていた日本人の研究者がいるそうだが
(玉尾皓平(こうへい)・理化学研究所基幹研究所長(67)らが
72年に発表したニッケルを触媒に使ったクロスカップリング)毎日JPより引用
その玉尾氏は「応用に対する価値をより重視したように思う」と述べている。

前言を翻すようであるが、ノーベル財団は結構熟考している(あたりまえだが)。

したがって医学生理学賞を「体外受精の技術」に与えたのも、
体外受精で誕生した人々が次の世代の子どもを持ち始めたという社会事象を観察していたのかもしれない。


ノーベル医学生理学賞2010 その2

前回、ノーベル医学生理学賞の候補として日本人研究者の名前が挙がっていたと書いた。
それは京都大学の山中伸弥教授である。
対象となった研究内容は
「人工多能性幹細胞(Induced pluripotent stem cells)=IPS細胞」に関するものである。

まず始めに極めて個人的な見解から述べておく。
過去のノーベル医学生理学賞の傾向からすると、山中教授にはやや不利であった。
教授の研究は「臨床応用」を前提とした(前提としなくとも必然的に臨床応用されてしまう)
性質のものであり、
そのような研究は、どんなに脚光を浴びていても、
実際に臨床応用された実績がないと受賞しづらい傾向にあると思われる。

まさに、今回受賞したエドワーズ氏の体外受精もその筆頭であるが、
前回言及した、ピロリ菌しかり、子宮頸癌のウイルスしかり、
もっと遡れば、CT(コンピューター断層撮影)の開発しかりである。

もはやピロリ菌の除菌治療は日本中どこのクリニックでも出来るし、
CTを受けられない「病院」は日本には存在しないといっても過言ではない。
体外受精もわざわざ遠くへ行くまでもなく受けられる。
ノーベル選考委員はそこまで検証している(かどうか本当は知る術がないが…)。

一方で「人体のしくみ」に関する画期的発見は割と早く受賞している。
筆頭は「おなじみ」DNAの構造を解明したワトソンとクリックである。
ジェームズ・ワトソン34歳、フランシス・クリック42歳、
1953年に科学雑誌Natureに掲載された、たった2ページの論文でその9年後、
1962年に受賞している。
日本人唯一の医学生理学賞受賞者、
利根川進氏は「抗体の多様性に関する遺伝的原理の発見」により48歳で受賞。
「原理」を発見した人たちは比較的早く受賞する傾向にある。
そういう意味で、今回の山中教授は不利であった。
IPS細胞の世界初の培養は脚光を浴びたが、「しくみ」の発見ではない。
今後どのように臨床医学として社会に貢献してくのかがまだ見えていない段階である。

さらに皮肉なことに山中教授の研究は
これまで、ES細胞は卵子や猿などの動物の胚などを利用するしか作る方法がなかった。
女性から卵子を取り出すのは危険であり、また生命(もしくは、これから生命となる物)を扱う事に対して
倫理的にも問題があったため、研究は進まなかった。
しかし、山中達が開発したこの方法では、人間の皮膚から作られるので、
危険性、倫理的な問題などを回避する事が出来るようになる。
そのため、論争に関わりなく研究が進められる

(Wikipedia引用)
だそうである。。。

本日になって体外受精に反対するバチカンが、ノーベル医学生理学賞に批判を表明しているが、
この結果は皮肉である。


とは言ってもである。
研究者たちにとってはノーベル賞というのはオリンピックの金メダルである。

PubMed」という全世界の医学生理学論文を検索するサイトがある。
それによると、
山中教授のグループで「ips細胞」で検索すると
2010 年15件、2009年17件、2008年9件の論文
が検索される。

一方、エドワーズ氏の名前で検索すると
2010 年0件、2009年1件、2008年0件、2007年2件の論文のみである。

以上のような理由でバチカンとは異なる理由から、
ノーベル医学生理学賞受賞に疑問を持った経緯を述べた。

この項続く...

ノーベル医学生理学賞2010 その1

本年度ノーベル医学生理学賞に、
ロバート・G・エドワーズという85歳のケンブリッジ大学名誉教授の受賞が決定した。
受賞理由は「体外受精技術の開発」ということである。

ノーベル賞は絶対的なものというイメージがあり、公の場で批判する人は皆無である。
ただ今回の受賞は個人的には少々疑問を呈さざるを得ない。
一介の医者の大それた意見であるが、理由がないわけではない。

受賞したエドワーズ氏(以下氏)は確かに偉大な業績を残した歴史に残る研究者である。
が、受賞理由が1960年代からの研究で、1978年に世界初の臨床成功例を得た体外受精に対するものである。
単純に、何故85歳になった今年の受賞なのか?
どうして10年前、あるいはそれ以上前に受賞しなかったのか?
という疑問が起こる。

過去にも、受賞理由となった元研究から時を隔てて選ばれた学者は何人かいるが、それ相応の理由がある。
例えば2008年のハラルド・ツア・ハウゼン氏は、
1983年の(子宮頸癌の原因となる)ヒトパピローマウイルスの発見に対しての受賞であるが、
実際にワクチンが開発されたのが2006年で、全世界に広まったのは2007年頃(日本は2009年)であるため、
受賞時期にはそれなりの根拠がある。
本人は72歳での受賞、元研究から25年目である。

また、2005年、ヘリコバクターピロリ菌の発見で受賞したバリー・マーシャル氏とロビン・ウォレン氏
も元論文は1983年の発表であるが、
胃潰瘍に対する除菌療法が確立され全世界に広まったのが2000年初頭であるため、それも理解できる。
で、本人たちはそれぞれ54歳、68歳、元研究から23年目である。

今回の氏は元研究から30年以上、本人85歳である。
自分が見逃しているのかもしれないが、体外受精は既に10年以上前から全世界に広まっていて、
ここ最近の氏が関係するトピックスはないようである。

ともすれば他に適した者がいなかったための名誉賞的な意味合いではないかと勘ぐってしまう。
ずいぶん次元は異なるが、
2006年に映画「ディパーテッド」でアカデミー最優秀監督賞を受賞した
マーティン・スコセッシと重なってしまう。


そして何よりも気になるのは、今回候補者として名前が挙がっていたのが
日本人の研究者だったことである。


この項続く...

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Author:SurgeonX
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