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「脱原発」の愚 その2

「何かちょっと変じゃないか?」その2

今の日本には「核兵器」と「原子力発電」を同一視するおかしな風潮がある。

その典型例が長崎の平和祈念宣言起草委員会での討論である。
「長崎原爆の日」(8月9日)の平和祈念式典で読み上げられる平和宣言の骨子が発表された。
結論としては福島第1原発事故を踏まえ、放射線被害への危惧を表明し、より安全なエネルギー社会の実現に向け、原子力に代わる再生可能エネルギー開発への努力を訴える、そうである。
議論の中で、ある委員が
「核依存文化から抜け出し、原子力の平和利用も拒否する『ナガサキ・スタンダード』で世論をリードする必要がある」などと訳の分からないことを言い、
また別の委員も「人類が核分裂技術を利用し続けることはもはや、悲観的なものになったと言わざるを得ない」などと荒唐無稽な発言をしている。

前回も述べたがこの人たちは、自分の家の「電気使用量のお知らせ」を堂々と提示出来るであろうか?

果たしてそこで26%の節電が実現出来ているのであろうか?

さらに、最も今回主張したいのは「核」の医療への貢献である。

この人たちは、「核」が医療にも有効利用されていることを知っているのであろうか?

自分や家族が癌になって、医者から放射線療法を勧められた時に拒否する意志があるのであろうか?

さらにそれ以前に、病気の診断で放射線診断を受ける事を拒否するのであろうか?

それらすべてを拒否する強固な意志で原発廃止を訴えているのであれば耳を貸そうと思う。

そもそもこの平和宣言文なるものは一体全体誰が見るのであろうか?

一応9カ国語に翻訳されて世界に発信されるとのことであるが、
最も読んでもらいたい北朝鮮に配信されるのであろうか?

誤解を怖れずに言えば、全く意味不明な宣言である。

国際連合安全保障理事会の常任理事国五カ国(核保有国)
+インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエルの国家元首宛に直接メールしてもらいたいものである。





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「脱原発」の愚 その1

「何かちょっと変じゃないか?」と思った事を自由に発言出来るのが「表現の自由」だと認識している。
日本もそのような国家だと理解しているので書かせてもらう。

菅直人首相が「エネルギー環境会議」の中間整理案で「減原発」の方針を表明したという。
少し以前には「脱原発」などと言っていた。
端的に述べると、今の日本の人たちの中では原子力発電を擁護する発言がタブー視され、
エネルギー政策に関する長期的な展望がまともに議論されていない現実がある。
マスコミに煽動されたのか、単に事故に感情移入して思考停止に陥ったのか、
現在日本では「脱原発」「原発をゼロへ」「原発を全部撤去」などという荒唐無稽な論調が飛び交っている。
脱原発原理主義とでも言おうか。

2008年資源エネルギー庁の調べでは日本で原子力が総発電量に占める割合は約26%だという。
脱原発原理主義者は、自分の家の今年4月から6月までの「電気ご使用量のお知らせ」を持参して、
使用量が26%以上節約されている事を提示すべきである。
それが出来ないのなら「脱原発」などと軽々しく偽善者的発言をするのは止めるべきである。

原子力発電の開発に尽力してきた学者や技術者が、
今現在肩身の狭い思いをしているのを想像している政治家はいるであろうか?
今、行うべきは「さらなる安全性の確保」に向けた研究だと思う。
したがって、大規模なストレステストを行うことには一定の根拠があるし、
日本国民が節電の努力や工夫を心がけることは当然の義務である。

しかし私は、自分や家族が屋内熱中症で死亡するのはご免だから、
26%以上の節電を強いられる「脱原発」に反対である。
それどころか「減原発」などという、極めて中途半端な、各業界やマスコミ、民衆への顔色うかがいの表明には正直虫酸が走る。
個人的に、例えば「確率論的に0.5%の割合で癌が発症する」食物を控える感覚は、
車の運転や暴飲暴食を控えること以上の意味を成さないと思っているので、
そういう意味でも「脱原発」反対である。

あくまでも個人的に。




魁皇の思い出

魁皇と言えば思い出すのが、アームレスリングである。
15年ほど前にテレビのバラエティ番組で放映されていた。
各種スポーツ界から腕自慢がアームレスリングのトーナメントを行うという
企画の番組で、大相撲から魁皇関が出てきた。

あっけなく(ほんとにあっけなく)勝ち進み
決勝戦でも対戦相手となったチャック・ウィルソンを
「赤子の手をひねる」かのように負かしてしまったのが
記憶に残る。

You tubeで「魁皇 腕相撲」と検索したら、何とその番組の映像が出てきた。
恐れ入りました、You tube......




映像で正確な情報がわかった。
当時の魁皇は23歳、関脇。
対するチャック・ウィルソンは、70年代にベンチプレス200kgの記録を保持した強者とはいえ
48歳。。。今見ると、ちょっとかわいそう。
準決勝で、筋骨隆々の現役プロレスラーをテクニックで敗ったという勢いで決勝進出してきた。

魁皇は終始ハニカミながら、(おそらくカメラを意識しながら)
圧勝する。

その「初々しい怪力」に魅了されたのが記憶に残った理由だと思う。

当時は貴乃花というスター力士がいたために、派手なスポットライトはこのような
バラエティ番組でしか当てられなかったのかもしれない。

光陰矢の如し。 

初々しかった怪力男は15年後、満身創痍で角界の記録を塗り替え

そして引退していく。。。。

まさに「継続の美学」がそこにあると思う。




TBS「報道特集」

先日、TBS報道特集で「原発を抱える3つの自治体のそれぞれの姿勢」
といった内容の簡潔にまとめられたドキュメンタリー映像が流れていた。
途中から見たので1つ目の自治体の話は見られなかったが、
他の2つは佐賀県玄界町の停止中の原発再開の話、
もう1つは新潟県旧巻町の原発の話であった。

玄海原発は、町長が原発再開を佐賀県知事に申し入れたという昨今有名な話題の原発である。
映像はよく出来ていて、町長のインタビューもあるし、佐賀県知事の談話もあった。
原発再開について住民投票で決めるべきだという声があるのを、
玄海町長は「現在日本の地方行政は間接民主主義で成り立っている。
住民投票を断行するのであれば直接民主主義に変更する覚悟がなければならない」
といった理由で反対している。
さらに原発が必要な理由は九州電力が関西やその他の電力会社に
電力供給を余儀なくされるであろうことを見越しての選択である。
この理論は妥当な点もあり一概に批判出来るものではない。
むしろ論点は「住民投票」という直接民主主義の是非を問う内容のような気がした。

一方で佐賀県知事も住民投票には躊躇しており、
その理由を「住民投票で決められた事に従って、
仮に悪い結果になった時に政治家は住民に責任転嫁するようなことがあってはならない。
われわれ選挙で選ばれた政治家が間接民主主義のもと、
民衆の代表として責任を持って決めるべきである」
と発言している。
この発言も是非はともかくとして、大変興味深く考えさせられる言葉である。

一方新潟県旧巻町は1996年日本で初めての住民投票を実現させ、
原発を作らせなかった稀有な町である。
しかしその後経済的に沈滞し周辺自治区と合併の結果、「巻町」はなくなってしまった。
これも大変考えさせられる事象である。
かつて原発反対派だった住民にインタビューを行い、
町が経済的に自立出来なかったのは原発が来なかったからではないか?との厳しい疑問を投げかけている。
このドキュメンタリー映像は疑問を提示したまま終わっている。
編集した人間にジャーナリストのセンスを感じる映像であった。

問題はその後のキャスターと、どこかの馬の骨評論家の陳腐な感想である。
先にも述べたように、玄海町長と佐賀県知事は、
原発再開の是非を誰が決めるのかという極めて重大な懸案に対し、
間接民主主義により解決しようという、政治的手法を主張しているが、
キャスター連中はその主張の要旨を理解せず
単に「原発再開」という言葉にだけ拒絶反応を示して
「(この一大事に)何をふざけた発言をしているのやら」と思考停止状態で断罪している。
何でもかんでも役人を断罪するのがキャスター、評論家の義務であるのならいたしかたない。
しかし日本は基本、間接民主主義、議会制民主主義の国家である。

原発のことは私自身何一つ知らない。
したがって、例えば私の郷里近くの浜岡原発を再開させていいのか悪いのか、
正直判断不能である。
多くの住民が実は科学的に判断不能なはずである。
おそらくほとんどの住民たちは感情的、迎合的に考えを形成している。
だとしたら、これまで人生をかけて原発関係の研究を行ってきた科学者や災害の研究者が知恵を出して、
それを政治家が判断するのが妥当な方法のように思うのだが。。。。

糞キャスターのテレビでの発言は疑ってかかるべきである。









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