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被災地の瓦礫処理 その3

私が書いた「瓦礫処理問題に関しての一般的な感想」に非表示の反論コメントが届いたので、
それに反論させていただきます。
そもそも本気で私の考えを否定するのであれば表示すべきですね。
そこに本人の自信のなさ、根拠のなさがうかがえます。
私自身は身分を明らかにして書いているわけですから。

まずコメントは私の事を「無知の罪ですね」と言い切っています。
その根拠は
「瓦礫は、基本的に拡散せずに封じ込めるのが原則です」
というチェルノブイリのロシアの研究家のコメントを鵜呑みにしているだけの儚い根拠です。
チェルノブイリは津波もなく大量瓦礫も発生せず、彼の主張には何のエビデンスもありません。
日本政府や東電や原子力保安委のコメントの質も誉められたものではないにしろ、
どう贔屓目に考えても、それらより説得力があるとは言い難いですね。
もし客観的な論文などがあるとしたら、提示して下さい。

「拡散拡散と騒いで放射能をまき散らしているのは世界中で日本だけです」
→まき散らしていない国の対策を具体的に示して下さい。

「政府は、今もまだ福島に居る人達を、どうにか他の場所へ避難させるのが先決であり
瓦礫を拡散させないのが解決の道」
→福島を廃墟にするという意味ですか?
実際には初期の避難勧告が適切であったかは疑問ですが、現時点では何らの被害も出現していないわけですからね。
そもそもチェルノブイリの放射能による健康被害が証明されているのは
放射性ヨウ素の内部被爆による小児の甲状腺癌の発症のみであるという事実を貴殿は承知しているのでしょうか?
放射性セシウムによる内部被爆は未知の分野ですからね。
未知の分野に踏み込んで安全対策を適切に行う政府や専門家がいなかったことは悲劇かもしれませんが、
貴殿は自分がそれを承知している、いわゆる「権力機関は常に民衆に嘘八百を並べ立てる」的な、
単なる反権力至上主義、まさにオウム真理教(先日NHKで放映されていたので思いつきました)的発想ですね。

「原発情報も、随分と真実を隠されたまま報道され、
始めは放射線情報も、安全だ安全だと報道された地域が
後にすぐ危険地区になっている現状。あなたも見ていたでしょう?」
そういう貴殿は最初から認識していたのですか?
であれば情報発信すべきではなかったでしょうか?

「現在も、政治の情報は隠されたまま報道され続け、
原発然り。物事には2つの側面があるというのに、
デメリットデメリットばかり報道するテレビ局」
→貴殿の偏狭な捉え方でね。私がむしろメディアに反論している立場ですよ。

「瓦礫に放射能は無いからと言って拡散させようとする政府。
お涙頂戴の演出たっぷりのドキュメンタリー」
→実際に北九州市の検査では検査の結果、基準値を下回る結果だったわけですから。
その発表自体を「嘘」だと断言するのは麻原彰晃的発想ですね。
それに「お涙頂戴の演出たっぷりのドキュメンタリー」が放送された日時と放送局を提示して下さい。

「そういった話しを見てすぐに感情論に話しが移行し、
瓦礫賛成しなきゃダメなんだと叫ぶ」
感情的になっているのは、明らかに反対住民で、実際無法な抗議活動で逮捕者も出ているわけですからね。
説得力ゼロですね。残念ながら。

「思考停止状態はもう辞めませんか?」
→思考停止は貴殿でしょう。

「テレビの偏った情報だけで判断してませんか?
瓦礫処分を依頼している人はどんな人か調べましたか?
裏でお金が動いている事を知っていますか?」
→なら教えて下さい。公表して下さい。自信がないから公表出来ないのでしょう。
根拠がないから公表出来ないのでしょう。

「瓦礫拡散は、根本的に間違った解決方法です。
そもそも間違っているのに。移動させる意味がありません」
→根拠を示して下さい。

「可哀想だとか言っていますがそれが筋違いです。食べて応援?全国に被害を分けよう?」
可哀想などと一言も言っていません。瓦礫を食べるアホがどこにいるのでしょうか?

「何が絆ですか」→ははは、それはこちらの台詞。

「通りすがりですが。医療関係の方でしょうか?」→ちょっと調べれば私が誰かすぐにわかります。
そんなネットリテラシーが乏しい貴殿に文句を言われる筋合いはありませんね。

「医療に興味を示す方がこのような意見だと
先が思いやられます」→何回も言うように私は医療に従事している人間で、興味を示しているとかそんなレベルではないことは
ブログを見れば一目瞭然です。

「ただただ残念です」→貴殿に残念です。

「もっと真実を知りましょう。知る努力をしましょう」→貴殿がね。


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プロの仕事その2

私は映画監督、園子温の大ファンである。
園の映画のメイキングを見ると、彼のプロフェッショナリズムがよくわかる。
彼の扱う題材のセンセーショナリズムばかりが目立ってしまい、本来の真骨頂が観客に伝わっていないのではないかと心配になるが、おそらく園にとってそんなことはお構いなしで、万人に受け入れられる映画など微塵も目指していない。園は映画の技巧を知り尽くしており、そのテクニックを緻密に駆使し、尚かつ基本となる脚本をボロボロになるまで煮詰めている。タランティーノにも言えることだが、過去の「映画」を見まくって研究している。

園の中期作品に「奇妙なサーカス」というのがある。近親相姦、児童虐待、肉体改造といったタブー視されるモチーフを扱っているが、映画をよく見ている人であれば始まってすぐに、「あ、これはフェリーニを意識しているな」と思う映像であり、実際メイキングで監督自身が「フェリーニのような映像美を撮りたい」と語っており、同年代の自分は妙に嬉しくなった。

要は彼の映画作りは、土台となる基本技術が大前提としてあり、そこは細部にわたるまで一歩も引かない、妥協を許さない前提であり、その上にセンセーションとなる題材をポンと乗っけているのである。天才の思いつきではない、プロフェッショナリズムがそこにある。
「冷たい熱帯魚」で「でんでん」が見せた鬼気迫る演技は、もちろん「でんでん」の才能もあるが、基本は園の練りに練った台本である。宗教や殺人鬼の論理をよく取材している(はずである)。
園のそういった姿勢がスタッフにとってカリスマに写る所以である。
「園組」として彼が監督に君臨する姿は、正直うらやましくもあり、自分が目指すリーダーの理想像でもある。「プロとはどうあるべきか」のひとつの解答を私に提示している。

プロの仕事その1

濱田庄司(1894-1978)という伝説的な陶芸家がいた。
益子焼で有名な人間国宝となった人物である。
その濱田の、窯での制作風景をイギリステレビ局が取材した番組で印象的なやりとりがあった。
濱田が、陶器の「素焼き」にいわゆる「絵付け」を行うシーンでの会話である。濱田は釉薬と呼ばれる「絵の具」で素焼きの陶器に流掛(ながしがけ)という独特な手法で絵柄を付けていく。
流掛は流描とも呼ばれ、濱田の真骨頂である。柄杓のようなもので釉薬を素焼きに「ささっ」とたらし、ものの数秒でひとつの陶芸品が完成する。濱田はそれを次々と仕上げていく。
これを見ていたイギリスのジャーナリストが、半ば感心し半ば疑問に思ってか、言葉に出す。
あなたはそのようにあっという間に絵柄を付けていきますが、その陶器がひとつ何十万円にもなるわけですねぇ…
すると濱田が言う。
あんたの目にはあっという間に見えるが、私はここまで来るのに50年かかってるんだ
と。

これぞまさしくプロフェッショナルである。
プロの仕事は、余計なものがすべて削ぎ落された、極めてシンプルな外観となって表現される。
このような「プロ」を私は目指したいと思う今日この頃である。

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