「リハビリの夜」書評
今日は書評をひとつ。
「リハビリの夜」(医学書院)という本を読んだ。
著者は小児科医で、自身が脳性麻痺者である、熊谷晋一郎氏である。
内容は「自らの身体との交渉の道のりを詳述した身体論」(医学書院より)である。
とても興味深くユニークな視点を持った医学書であり、自伝であり、エッセイでもある。
脳性麻痺の人たちの主観が、見事に表現されている。
障害者自らが(障害者という言葉は文中ではほとんど用いられていないが)
その障害を研究するという、「当事者研究」をもくろんでいるそうである。
著者は健常者を「多数派」、障害者を「少数派」と呼び、
「障害」という体験は、ある社会の中で多数派とは異なる身体的条件を持った少数派が、
多数派向けに作られた社会のしくみになじめないことで生じる、生活上の困難のことである、と定義する。
タイトルであるリハビリの夜というのは、
著者が小学生から高校生ぐらいまで、毎年参加していた夏休みのリハビリ強化キャンプでの出来事からの引用である。
著者はそこでの体験を中心に、一貫して現在の脳性まひ者に対するリハビリの根本的理論を批判している。
要約すれば、「健常者をモデルとした動き」に矯正させるリハビリ手法は間違いであると述べ、
それを少数派である著者自身が脳科学的、経験的な裏付けで証明している。
この本の最もユニークな点は、
リハビリ中に感づいた自らのセクシャルな感覚を「敗北の官能」と表現し、
一種のマゾヒズムであるとカミングアウトしているところである。
さらにこれまであまり語られなかった「便意」との格闘にも言及し、
ここでも官能がリンクする。
そして「敗北の官能」は後に医師となった著者の
「採血動作」に代表される「運動」を立ち上げるために必要な中心的動因として回帰するそうである。
ここまで自らを吐露する当事者研究というのは驚きでもある。
これを読むと、障害者ならぬ「少数派」に、
多数派がどのような視点で接するべきかが朧気ながら見えてくる。